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日記×続大和撫子(15)

鎌倉時代の女性。

今回は、尼寺の法華寺を紹介する。

大和国国分尼寺として創建された法華寺は、鎌倉時代に入ると復興されて、多くの尼僧達が修行していた。

ところで、この法華寺には、宗教的な役割の他に、ある世俗的な役割も担っていた。

それは、身寄りのない宮廷女房達の居場所という役割と、わけありな事情を抱えた女性達を受け入れる場所という役割だ。

前回紹介した尼僧の空如(くうにょ)のように、さるやんごとない方々の隠し子である女性達が、尼僧として生活できるようにしていたのが、この法華寺だった。

法華寺に入れば、仏教の修行ができるし、衣食住に困らないので、身寄りのない宮廷女房達や、わけありな事情を抱えた女性達には、とてもありがたかっただろう。

こうしたシステムは、修道院と似ている。

だが、修道院と違うのは、修道女達が神父などの男性聖職者の下にいる存在であるのに対し、日本の尼寺は運営をしているのは尼僧達自身で、僧侶によって管理されていない。

あくまで、尼寺は尼寺であり、寺とは対等な宗教施設なのだ。

女は不浄なものとしてきた仏教の教えがあった割には、尼僧達は尼寺を自力で運営しているようにとても主体性があり、なおかつ自律していた。