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黙祷の日

東日本大震災から6年が経過しました。

早6年、もう6年と感じ方は人それぞれ。

まずは、震災の犠牲になられた方々に黙祷をささげま

す。

震災から6年が経過し、いわき市内近隣の光景がずいぶんと

変わりました。

小名浜の港湾地区にでっかいイオンの工事も始まり、来年の

6月には開店するそうです。

市内にはダンプが増え、建設会社も増え、ありえない時間帯や

今まで渋滞をしなかった場所が渋滞をするようにもなった。

市内の主要国道の整備も急ピッチに進み、震災がなかったら

ここまでは早進まなかっただろうと言う感じです。

先日のつぶやきで書いた事にも絡むのですが、震災を忘れては

いけないが、そろそろ震災の事から離れ前を向いて進む時期に

入ったのではなかろうかと思う。

市内各所で、未だに帰宅困難地域で商売をしていた方々がお店

を開店し新たなる道を進んでいるところをよく見かけます。

震災以降、お国や某東電が虚偽の情報を流布し、それをマスゴミ

が誇大拡散してくれたおかげもあり、皆が疑心暗鬼になり何を信じ

て良いのか判らない、市町村が公表するデータすら信じられない

状況が起きている。

目安程度にしかならないサーベを大枚払って買い、そのデータにし

がみついて危ない、危ないのではと言った事が未だにあるようだ。

公的機関が測定した食品を安全ではないと疑うのは良いが、計測

していない食品と比べるとどちらが安全か、それは人それぞれだが

多くの人はきちんと計測をし安全性が確認された方だと言うだろう。

私が思うには、そろそろ自主避難者の方々は市内の状況をもた上

で避難が必要なのか再判断する必要があると思う。

避難の必要のない地域から自主避難をしている事が周りまわって

巡り巡って非難や差別偏見を生んでいると思う。

市内に居住している人は、以前に子供のいる家庭に配布されたもの

以外に何も義援金補助金、支援金を受け取っていない。

片や好き勝手我侭で避難している人が手厚く借り上げ住宅に住んだ

り補助と言う恩恵を受けているのは変だと思わないのだろうか。

自身の行動が周囲に悪影響を及ぼす原因や要因の一端になってい

る、子供のいじめの火種にもなっているということ考えてもらいたい。

おいらは口が悪い、それを承知で書くが、好き勝手我侭で避難してい

る人間なんぞ補助をする必要なしと思う。

現に市内は普通に住めるんだからそう思う、子供がいると言っても近

所を含めしないでは普通に子供が育ち、ガンになったと言う話しを聞

いた事がないし、新聞の折込に入ってくるお悔やみ広告にでるのは

大半がお年寄りである。

お国が毅然とした態度をせずに曖昧な事をしているから色々な問題

が起きているとしか感じられない。

震災から6年経過し、当時の事を忘れたいが忘れられない、当時の

事を思い出したくはないが、上京したときに秋葉原ファミリーマート

で普通に買えたファミチキの温かさと美味しかった事は一生忘れない。

今まで当たり前のように買えた物が買えない、いかに今までの当たり前

事が実は有り難いことだったのかと言う事に痛いほどに判らされた。

当たり前のように物が買え、電気を好きに使い、日々ぬくぬくと夏は涼し

く生活できた事が実を言うとすごい事だったとおもう。

今ままで普通だった日常が一気に崩壊し非日常へ転落する事が凄く恐

い。

電気を湯水のように使っていたが、その電気は実を言うと遠くの地域か

ら送られてきたという事実を知らされた事でもあったろう。

震災後、草ぼうぼうになって廃線の如くになっていた常磐線の鉄路も

現在では復旧をして新しいJRが他の電車が走っている。

当日の事がまるでウソのような感じがする。

新聞研究をしている某氏のご依頼で3月11日の新聞、県内紙と茨城新

聞を購入してきたのだが、1面の記事を見ると震災の事を取り扱う温度

差を感じた。

それをみても、ある意味で震災の事にしがみついている時期から、

これから先は前を向いて歩く時期に入る年のスタートなのかもしれない。

来年の今日はどんな日になっているのだろうか・・・。

おっきな地震が無い事を願うばかりです。

思った事をつらつらと書いたんで、纏まりのない内容ですいませんなのです。